小林和作>
エピソード
独自の色彩を手にした和作
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01−522
「上高地風景」
その頃、和作が油絵画家として出発し認められはじめた頃、中川一政は、和作の油絵は初期から色彩が美しかったと述べている。
後に和作はカラリスト、色彩家と呼ばれた。
形式ばって小綺麗に仕上げられる日本画から油絵に転向したことによって、
のびのびと才能が一気に花開いた。
01−524
「静物」
昭和2年 3月第五回春陽会展に「小笠原風景」など10点が入選し、岡本一平
「随筆34・親と子」
とともに梅原龍三郎らが創立した春陽会会員に推挙される。
秋に友人・前田政雄の案内で一ヶ月ほど北海道各地を歩く。
その間、前田から将棋の手ほどきを受け、生涯通じての唯一の趣味になる。
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